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2009年3月2日

声なきものは

カテゴリー: 徒然・農園

鳥の血に悲しめど魚の血に悲しまず。
声あるものは幸福也。
と言ったのはたしか齋藤緑雨でしたか
そういえば私の住んでいる集合住宅の入口の声なき桜が
ある日帰ると切られていました。

切られたあとは駐輪場になってしまいました(なんとも、味気ない)
ここにいた桜はそろそろ歳も歳なので
おそらく中身もすかすかなのだろうと思ってはいたのですが
(花をつける前に葉を出す、空気を読まないところもありましたそういえば)
この桜が気に入ってここに住もうと決めたので
挨拶を交わしていた隣人が急にどこかへ消えてしまった気分がしていました。
声あるものは幸福也。
では、声なきものは。
木を切って、家をモノを作ったり手渡したりすることがわたしたちの仕事ですが、せっかく切らせてもらうのですからそれがあたらしい命として生きられるように(ちゃんと大事にしてもらえるように)しないといけないなあとがらんとした駐輪場を見ておもいました。あの声なき桜はどこへいってしまったんでしょう。

通りの向かいの桜はまだ枝ばかり。
今年は一本少ないので、もしかしたら寂しいかもしれません。
さて春はもうすぐ、です。
llama