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2006年2月14日

循環型社会の理想のかたち

ここ数年、江戸時代の生活の仕方が注目されているようです。
エコロジー先進国のドイツ人から、日本人がドイツを参考にする姿がとても不思議だという話を聞いたことがあります。なぜかというと、江戸時代の日本はとてもエコロジカルな生活スタイルだったといいます。日常の生活の中で資源が自然に循環していた「理想の循環型社会」との意見もあるほど。
たとえば、“人糞”には下肥という肥料として商品価値があり、下肥と野菜を物々交換したり、現金と換えたりしていました。
ものを燃やすと必ず出る“灰”はそのまま肥料として使ったり、紙漉きのときに灰汁を使ったりと非常に需要が高く、「灰買い」という業者が買い取ったり、灰の市が立ち売買や物々交換が行われていました。
髪の毛を拾い集めてかつらにするという商売も成り立っていました。
消耗したもの、つまり食べたり捨てたり燃やしたりしたものはほとんど利用され再生されていた時代でした。
それらのほとんどはいまや、手間がかからなくて簡単に利用できる化学物質にとってかわられたり、自分の手が汚れないで済むシステムが利用されています。そのため現在消耗したものはそのほとんどが再生されることはなく、廃棄され川に流されていくばかりです。(もちろん再利用されているものもたくさんありますが、現在東京23区内で出る産業廃棄物のなかで下水汚泥が45%以上を占めていて、リサイクルされているものはほんの一部にすぎない現状だそうです。)
また江戸はゴミの落ちていないとてもきれいな町だったといいます。江戸にはじめて訪れたヨーロッパ人がゴミのなさに驚いたくらいだとか。それは「拾い屋」と呼ばれる職業の人がいたからだそうです。銭湯を経営する人は薪の節約のために燃えるものはなんでも拾って歩き「湯屋の木拾い」と呼ばれ、子供は古釘などの金属類を拾ってお菓子や飴に交換をしていました。
これらの商売が衰退してしまったのは、やはり清潔といえない屑物たちをあつめて商売をすることで伝染病などが流行する原因のひとつとみなされ、撤退、立ち退きの命令や規制が出されたからだそうです。
衛生面を考えると、隅から隅まで循環する江戸時代の暮らし方が100%良いとも言い切れないかも知れません。
だからといって使い捨てのものがあふれる現代の暮らし方が良いはずもないですよね。
でもここまでシステム化されてそれに慣れてしまっている現代社会のしくみを江戸時代にならったかたちに戻すことも、ほぼ不可能に近いことでしょう。
お互いの時代の良いところをそれぞれ採り入れた暮らし方の提案、これがきっといま一番求めらているのでしょうね。
エコ花はその答えを探しつづけます。