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2011年1月19日

感覚は言葉を牽引している

こんにちは、llamaです。今日はものすごく雑談です。
さいきん家で清水章弘さんの話をすることが多いです。みなさんこの方、ご存知ですか?教育問題で取り上げられることが多いと思います。学習方法、つまり勉強のコーチングの事業をされていらっしゃるのですが、なんと現役大学生の22歳。卒論書きながら起業3年目の社長をこなし本を出版しているトップベンチャーの雄で、つまるところかなりの有名人のようです。(失礼ながら最近まで知らなかったのですが)お若くして25人の社員を率いて!まいにちとってもパワフルにこなしていらっしゃるようです。
で、この方の勉強方法も素晴らしく楽しそうなのですが(主に勉強を楽しめば成績はよくなるって話)、家で話題になっているのは、彼の感覚の分類方法です。説明のしかた、というのが正しいかな。お若いだけあって、今の時代感をすごくとらえているなあ!と感激しました。あととってもスマート。彼は今の『時代感覚』をこうやって分類しています。

わかります?ちなみに私llama32歳は『ゆるい』という言葉を日常よく使いますが、それが『好き・やわらかい』の複合表現であるということを説明できていませんでした。年上の方に説明するのも、いまいち伝わらないなあと思って説明していませんでした(まあサボってただけなんですけど)。好意的な『ゆるい』ってどう伝えたらいいのかしら、でもなんか説明するのめんどくさいわーって思ってたのです。
でもこれを見るとよくわかります。今までの好き嫌い感覚に濃淡が随分出ていて、かつそれに新しい表現が付加されていることがわかると思います。勉強も科目によって『ガチ』と『ゆるい』は全然違うんですね。『うざい』と『だるい』も全然違うじゃないか!とびっくりします。
で、清水さんがここまで言われているかは定かではないのですが(なにせ講演などを聞きに行ったわけじゃないので)、この分類の面白いところは現実に適用されるときに
(主体者の特性 4通り)×(事象の特性 4通り)
の複合事象となるということです。
4×4で16通りのパターンがあるんです。
つまり『ガチ』の人が『ガチ』のことをやる『ガチ・ガチ』
『ガチ』の人が『ゆるい』ことをやる『ガチ・ゆる』、というように。
『うざい』人が『うざい』ことをするともういちばん最悪!となりますが
意外に『ガチ・うざ』もすごく嫌そう……みたいな。
でも逆に考えると『うざい』人が『ゆるい』ことすると……けっこう面白くない?となるのです。ね、ちょっと、楽しいでしょ?
いやだからそれで何が言いたいのかといいますと。
私たちのやっている家づくりって『ガチ』の世界だなあと思います。上で言うところの『ガチ・ガチ』です。『ガチ』な人たちが『ガチ』に、つまり真摯に材料を選定し、嘘をつかず、どこまでまじめに家がつくれるのか、と挑戦しています。
でも世間一般で『エコ』や『環境問題』って、より『ゆるい』方のアプローチの方が、歓迎されるムードではないでしょうか?だってそのほうがわかりよいし、面倒くさくないし、明日にもできそうじゃないですか。私だって小難しいこといわれるより明日手軽にできること言われたほうが気分が楽です。
でも差し出すほうは『ガチ・ガチ』なんですよね。もちろんそこをわかって面白がってくださる方々が多いので私たちも家づくりを続けているわけですが、なんとなくその『感覚の乖離』みたいなものをうまく埋めて、かつクロスボーダー的に、自由にこの濃淡の境界を行き来できる方法がないものか?と日々思うわけであります。
『ガチ・ガチ』だから素晴らしいよね っていう世界だけでもないように思っています。うざかったりだるかったりするエコもあるし『環境問題』なんてそっちの方が多いと思います。でもそれにどうやって付き合って、向き合っていくか?今の感覚のものさしを否定しないでつきあっていくと、世代を超えていろんな話ができるのではないかなー、と思いました。それにちょっと濃度を変えてみるととっても受け取りやすくなったりするのかな、と。
言葉に教えてもらって見えることもあるみたい。日々、勉強だなあ!
llama