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2010年11月12日

鳥と話せる人

カテゴリー: 徒然・農園

おはようございます。llamaです。
体を壊してお休みをいただいていた間ちっとも動けなかったので、読みたくて読めないでいた山と積まれた本を読んだりしていました。今日はその中で面白かったものの話を。

『かみなりさま』中西悟堂
永田書房 1980・日本図書センター「人間の記録11」 1997
日本野鳥の会の創始者である中西悟堂翁の半生記です。でも野鳥の会の創始者だからって全然エコでもロハスでもないところが中西悟堂翁のすごいところです。野鳥の会もなんというか『そういうものをつくりたくてつくったわけではなかった』というのが完全に予想外でした。
幼い頃から僧籍にあり苦行をこなし、飛び級で小学校を進んでは行方不明になって休学し、岸田劉生ら画家と友好をあたためたり、貸家の襖にエル・グレコの模写(しかも『LAOCOON』!)をして家主に怒られたり、短歌をつくり小説を書き絵を描いて、関東大震災ののちは何かにひたむきになりたくて木食採食の日々を送りながら老子や荘子を読みつつ畑の開墾をしたりしています。
晩年は健康状態の悪化からやらねばならなかったハダカ健康法で注目されてマスコミの取材をたいそう受けたそうです(たしかにサルマタいっちょうで往来を歩き回るおじいさんは衝撃的です)。とにかく自由闊達、豪放磊落で豪胆にして快活、どちらかといえばすっかり文明対決型でちっともスローライフではない羽ばたく闘う魂的人生が、まるで鳥のような語り口で語られ、こちらで用意していた予想なんて簡単に蹴り飛ばされてしまいました。
そしてそんな人生とまるで別次元でずっと鳥の観察を続けている悟堂翁。彼のまわりには鳥が勝手に集まってきたそうです。家の中で放し飼いの鳥たちと『共生』している様は有名で、柳田国男が訪ねていって『これぞ自然民俗学』と言ったとか言わないとか。その彼の哲学が
『鳥は空間生活者であり、渡り鳥は地球規模生活者である。鳥は野にあるべし、鳥は野鳥であるべし』
ということで、彼は生涯わたって鳥と恋愛しつづけ、溺愛していました。実際鳥を相手に延々喋りまくっていたそうです。そして自然の鳥たちが都市文明のなかで飼い馴らされていることへの憤りも感じていたようで、それが野鳥の会の前身の探鳥会となったようです。
『かみなりさま』はそんな豪快な悟堂翁が雷だけはどうしても怖くて、鳴り出すとどんな用事があったとしても帰って布団を被って震えてしまうという、人間の愛嬌そのものみたいな話からきています。

装丁もかわいい、かみなりさま。
読んでその魅力的な人生に感激するのもよかったですが、自然に向かい合うってどういうことかなあということを非常に考えました。こんなふうに自由に世界と付き合える人間の存在を今の世の中が許してくれるかどうかはもしかしたらなかなか難しいですが、激動していく時代の中でその思想を杖に喧々と己が理想を怒鳴り続ける(ちっとも語るって感じじゃない!)中西悟堂翁の姿はいまなかなかに新鮮だなあと思います。
もう絶版になっていますが古書で入手可能です。中西悟堂翁は昭和60年89歳で亡くなられていて、もう彼の声を聞くことは叶いませんが、松岡正剛はこんな言葉で彼のことを想っています。

自然を保護することは人間を保護することなんだ。
文明にはアフターケアが必要なんだ。
自然を傷めて福祉なんてする必要がない。
僧職を出て、鳥たちと遊び、ハダカで暮らし
文明の暴力と闘いつづけた中西悟堂の
これは「かみなりさま」との誓いの一冊だ。

厳しくもやさしい山みたいな人なんだろうだなあと思いました。自然の話をするときにわすれたくない本になりました。……ちょっと読みづらいですけどね。
llama